パッション――苦悩から情熱へ。遊ぶ人は美しい。
もっとイノセンスな生活、もうひとつの世界がきっとあるはず。
アーティストとは特別な人間ではなく、すべての人間が特別なアーティストなのだから。
そして世界には涙があり、だからこそ美しく、愛にみちていなければならないはずだから。
不登校や中退や病気やハンディキャップを「問題」にするのではなく、制度としての学校、システムにしばられた社会、汚れちまった現実から解放されたい。
そこから何が生まれてくるのか、ドキドキワクワクときめきたい。
出来事としての学校――ヴァ−ジン・ファンタジー?
school とはもともとヒマ、自由時間という意味だった。自由? そう、〈力〉ではなく〈愛〉であること。
強制された作文ではなく、たったひとつの詩を求めること。生きること/死ぬことの交差の瞬間にポエジーを見ること。
子どもたちはゴミをおもちゃにして、無心に、とても楽しそうに、創造的な遊びをしている。
わたしの学校は、詩歌や絵画や音楽、映画やファッションやコスメのなかにあるかもしれない。
ネバーランドの旅人たちは、いまここの現実をステキな想いで生きてゆくことだろう。
おわりがある。あい(哀/会い/合い/愛)からはじまる。
「わたしはいつもクリエイティブであろうと努力しているわ。いつでも世の中に問いを発し、真実を探求し、人生にはどんな意味があるのか、とか、自分がなぜこの世界に存在するのかを、見極めようとしている。そう、わたしはいつだって旅人だった。そして、旅人であるということは闘いなのよ。」(by Madonna)